さよならオーバーグラウンド

愛なき道を行け。

これから大学に入るわたしへ。

 

この文章は、2017年に書かれたものですが、考えというか、考えというほどでもないので、小ネタというのは大学入学前の2011年の18歳のころからあり、たまたま今思い出したというだけです。

昨日の日記との明確なつながりはありません。

この文章は18歳の頃の自分が読んだら大層愉快だろうという意図で書かれています。なので、人によっては不愉快に感じることもあるかもしれませんが、それは感受性のロット差です。

 

さて、今年はじめての三日坊主が生まれるとしたら、今日であるが、この文章もその運命を避けられない。わたしは、そもそもスケジュール管理を頭のなかで終わらせてしまうので、よほど分単位で刻まれているとかでなければ、メモしない。日記も続いたことがない。一時期頑張って続けたことがあったが、結局読み返さないし、読み返したところで、感慨も気づきもなくどうでもよいという気持ちにしかならない。まあ、それくらいどうでも良いことしか書いていないということの裏返しでもある。自分だけが読むとなると一切書く気がわかないのであるが、18歳の頃の自分を面白がらせようと思って書くとちょっと楽しいかもしれない。と思って書いている。

 

18歳の頃のわたしは、今のわたしから見るとしょうもなくせこいやつに見えている。いいやつぶって、自己犠牲、利他主義、ストイック、美しいとか思っているけれど、そんなものは欺瞞なので、やめていいんだよ。君はこれから大学に入ろうとしている。そして、君はそのストイックで利他的な自己犠牲によって自分を消耗し、見失い、他人を恨むようになる。いや、恨むようになるというよりも、そもそも抱えていた恨みつらみが一気に爆発し、どこへ向けてもいいかわからずに自傷をしてしまう。だから、今のうちに、恨みつらみは吐いておこう。先生におもねるのもやめよう。誰も君を見ていないから。

この世のすべては虚構なので、友情だとか、愛だとか絆というものに、君は大学4年間でとてもとても悩まされ、結局鬱になるけれど、はっきり言ってそんなものはない。ないから、持っていないと言って、他人を羨むな。他人もそんなもの持っていない。FBの錯視に騙されているだけだ。隣の芝生は青くない。青いのは常に自分自身だ。

だから、力を抜いて、無関心になれ。君は勉強するために大学に入ったのだ。時間を注ぐべきは研究であって、好きな読書であって、友人関係ではない。全くない。今わたしは一人ぼっちだけれど、僻みとかでもなんでもなく、友人関係はどうでもいいからぼっちを気にするな。君はかなりの時間と努力とお金を犠牲にして上っ面の友人関係を多様に持ち、満足するだろう。一人ひとり誕生日を覚えて仲のよい友人には、ケーキやら漫画やら、無理してプレゼントするだろう。そして、自分の誕生日にFBで誰かが祝ってくれることを、一言おめでとうと言ってくれることを期待するだろう。そして、誰からも祝われないことに絶望する。本当に誰からも祝われない。これは不幸中の幸いであった。祝われたら君はもっとエスカレートするだろう。だから、ある種の冷や水になって、君の目を覚ますだろう。

君は今息を吸うように本を読んでいる。一ヶ月に何冊も本を読んでいる。無理して興味のないものに時間を費やすな。辟易したきみは卒業してからほとんど全く本が読めなくなるぞ。本が読めなくなるどころか、ゲームも漫画も映画もドラマもあらゆる娯楽が楽しめず、時間を潰せずただひたすら布団にくるまって鬱々とぼんやりすることになる。

 

さて、18歳の君には、たぶん、まさかと思うことばかりかもしれない。でも本当だ。すべてこれから君の身に起こることだ。孤独な君は大学で闘い、血を流し、なんとか卒業証書を手に入れるが、最後に残るのもまた孤独だけだ。

 

だから、素直になれ。ムカついたらとことんイライラしろ。不快感をあらわにしろ。穏やかに安定したいとか思わなくていいんだ。それは教師やら周囲からの脅しだ。幻想だ。人生は死ぬまでジェットコースターで、上がったり下がったり先の見えない展開に冷や汗ダクダクで何度も死にそうになる。そして、いつか、くだらないくらいあっけなく死ぬ。冷や汗をかき続けろ。泥くさくあれ。冷や汗かかなくなったやつから、どんどん死んでいくぞ。自分を騙すな。死ぬな。

 

というわけで時間が来たのでこの辺で今日はおしまい。次の更新は、いつかわかりません。明日かもしれない。もう来ないかもしれない。

 

おやすみ。

 

Ending Song

稲葉浩志「愛なき道」