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さよならオーバーグラウンド

愛なき道を行け。

ナルシストへの長い道のり

とりとめのないことを書くのが苦手で、言葉にならない感情みたいなものをすくい上げてなんとか言葉にするみたいな営みに憧れがある。

大学の頃、ゼミのブログをたまに、本当にごくたまに更新していた。他に誰もする人がいなかった。更新する必要もなかったのだけれど、わたしはきっちり書くのが好きでやっていた。そのゼミのブログで政治思想の入門書をレジュメにまとめたものを更新したら、著者本人から感想を頂いたことがある。あれは嬉しかったな。他にも映画のレビューなどもした。完全に私物化していたから、今思えば申し訳なかった。わたしの書いたレビューは誰からも見られることがなくて残念ではあった。

映画や音楽、ゲーム、ガジェットなどこの世には無数のレビューをしている人がおり、その膨大な量にわたしはいたく感心している。わたしはたったひとつのレビューを書くのに一ヶ月近くを要した。多忙ではあったけれど、やはり、レビューするのは体力がいるので、ちょっとここではやらない。

わたしを知る人は、今は家族以外にいないけれど、高校、大学の頃はわたしは嫌な奴だとか、いつも怒っているというファーストインプレッションを与えていたみたいで、実際に話してみると意外にも好印象に変わることがよくあった。好印象になったというよりは、マイナスがゼロに戻ったという方が近い。実際のところはわたしはいつもなにかに怒っていたり、不機嫌だったりするわけではない。そういうしかめ面なだけで、特になにも考えていない。今だってだらだら書いているけれど、特にネタみたいなものはなく、書くのって難しいなあと思いながらその難しさについて書いている。そういえば、ツタヤのカードの更新しに行くのを忘れた。明日行こう。

 

さて、そろそろ時間になってきたので最後にひとつだけ書いて終わりにしたい。わたしは今年の目標としてナルシストになるというものを掲げたけれど、ナルシストになろうと目標に掲げるくらいには自分に自信がない。コミュニケーションも下手だし、勉強の才能もはっきりとない。反射神経が鈍いので、ウィットのきいた言い回しも、家に帰ってから思い浮かんであの時こう言えばよかったと後悔することも多々ある。もちろん、もてない。語弊があるけれど、わたしのモテ期は小、中、高、の学生のときに終わりました。

ツイッターには文才のある人、頭の多い人がとても多い(その分やばい人も多い)。気軽にリプライできるような錯覚があるから、なんだか身近に感じることがあるけど、そんなことはない。オフ会と言って、ツイッターで知り合った人たちが集まって飲み会などを開いたりしているけれど、そんなことができるのは選ばれし容姿と高度なコミュニケーション能力のある人たちであって、わたしのような訥弁の凡人が入る余地はない。素敵な人には素敵な人が集まり、より素敵度が高まっていく。それとの比較でわたしの素敵度は錆びついてくすむ。だから、仲良くなりたいなあと思っても、話しかける余地なんてないのだ。もうその相手にはキャパいっぱいの素敵な人がいて、それで充分なのだ。素敵な人と仲良くなるためには素敵度を上げる必要があるが、素敵度を上げるためには素敵な人にならなくてはならず、結局のところ、素敵になるためにはまず素敵になる必要がある。詰んでいるが、人生そういうものである。つらつら書いてきたけれど、だからこそわたしはナルシストにならなくてはならない。自信を持ち、余裕を持ち、そして税金を収めなくてはならない。

 

今日はなんだか疲れた。惨憺たる一日であった。書いていたらいつの間にか40分過ぎてた。今日はこのへんでおしまい。おやすみ。

 

Ending Song

ねごと「黄昏のラプソディ」