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さよならオーバーグラウンド

愛なき道を行け。

かなぐり捨てても最後は愛。

言葉だけの関係にとても落ち着くことがある。ツイッターの話。

わたしは普段、ほとんどリプライというものをしないので、なかなか関係が築かれることがないのであるが、それでも察しのいい方はなかよくしていてくれて本当にたまリプライを交わしている人もいる。人といっていいのかはわからない。画面の向こうには生身の人がいるのだというつもりでいるけれど、実際にわたしが見ているのは文字だけで、もしかしたらbotかもしれない。自撮りだって本人なのかは実際のところわからない。それほどわたしはその人を知らない。この先会うこともないだろうと思う。相手には相手の人生と大切な人がいて、そこにわたしがこの先含まれるわけがないし、人間にはキャパがあり、その限界を超えて交友関係を持てないので、(というのは情が移れば切りづらいし疲れるから)、あえて深く関わらないし関わらないということだ。わたしはその人が文字越しに頑張っているのを見て、心から応援している。とはいえ、その人に対してなにか支援ができるわけでもなく、ただ思うだけだけど、そのくらいの距離でいいと思っている。わたしはその人のハンドルネーム以外ほとんど何も知らないのに、こんなに無理せず元気でいてほしいな、もっと幸せになってなと思うのは、はたから見て気持ちが悪いのではないかと思い、言わない。本当はお仕事無理しないで、元気でいてくださいねと伝えたいけれど、余計なお世話だし、24歳の大人がすることでもないので。そもそも、その人はわたしの応援なんてなくとも充分幸せだし元気だし、まじで余計なおせっかいの独りよがりになってしまう。そして本当に、わたしはきもいクソリプ野郎になってしまうので控えている。

 

ところで、わたしは今まで友人というものに本質的に向き合ってきた。特に理由もなく、席が近いからとか、たまたま委員会で一緒になったとかそういう理由で友人を作り卒業しては関係が消えていった。でもそういう人たちが、わたしの中で消えてしまったのかというとそうでもなくて、なんだかんだと思い出され、恥ずかしくなることもあれば励まされることもある。いまだにムカつくことだってある。わたしの中で友人たちは今も活きていて、わたしの人格を構成している。もう二度と会うことはないけれど。

 

追記

上記の応援している人だけれど、このブログを読まないと思うので書いてしまうけれど、わたしはめちゃめちゃ大好きだし、本当に元気でいてくださいねと思っている。キモいから言わないけれど。実際に会ったらがくりと恋に落ちてしまうかもしれない。落ちないかもしれない。いずれにせよ、わたしは現実を見なくてはならない。片思いになるのは明白だし、今だって片思いしているし。でもそんなことおくびにも出すつもりはない。でもたぶん、この気持ちは恋よりも愛に近いと思う。会ったこともない相手に、元気でいてねと思うのは愛だ。

この文章を書いていて、本当に久しぶりに人に対して寂しいと思った。友達がほしいな。でも、友達のなりかたを忘れたというか、友達になるには友達がいなくちゃいけないところもあるので、難しい。まあ、自分自身に自信がないのだと思う。幻滅されるというのが一番恐ろしい。

 

なんだか16歳の高校生が深夜に書いた文章みたいになってしまった。明日の朝後悔するだろうな。

それじゃあ今日はこのへんでおしまい。おやすみ。

 

 

Ending Song

パスピエ「月暈」