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さよならオーバーグラウンド

愛なき道を行け。

(どうでも)いい人クロニクル

ボランティアについて私信を述べるところからはじめたい。わたしはボランティアが大嫌いである。ボランティアをするのは勝手にしたい人がすればいいと思うが、「ボランティアしませんか?」「ボランティアサークルに興味はありませんか?」と勧誘してくる人間は無間暗夜に全員葬り去ってきたくらいだ。ボランティアは人を成長させないし、深く考えさせられる何かもない。自分の金と時間と体力を、他人にいいように都合よく使い捨てられるだけである。ボランティアしたい人は勝手にしてくれ。勝手に使い捨てられて、薄っぺらな自己満足を手に入れろ。悪口を書いたつもりはない。

 

ボランティアで何か感じたり深く考える切っ掛けになったとか言ってるやつを見るとうんざりする。それまで、おまえは人生で何してきたんだよと言いたくなる。恩もないのに、ボランティアするのは本当に意味がわからない。

 

散々書いたけれど、15歳の自分にこれを読ませてやりたい。それからの高校三年間、正しいと思っていたことはすべて教育によって染み付いただけのもので、正しくもなんともないのだと言いたい。

 

わたしはいわゆるイエスマンだった。なんでもかんでも頼まれると嫌と言えずに雑用を引き受けていた。高校の頃は運動部の部長だったが雑用は全て自分でやっていた。でも結局誰からも感謝されなかった。むしろ、後輩含めて全員から罵倒されて終わった。結局部を去った。

自分に対して悲しいとか哀れだとは思わない。ただ愚かだ。わたしはむしろ率先して様々なことをやった。だがすべて結局のところ、わたし自身が疲弊するだけだった。わたしは認められたかったから、どんどんやったけど、ほんとうはやる必要なんてなかったのだ。

いい人はつまるところどうでもいい人だと何かで読んだ。善意なんてくそくらえで、なにかしても「いい人だね」と言われて終わる。

 

他人からされて嬉しいことをしなさいと習いませんでしたか?わたしはずっと信じてきたけれど、大学卒業とともにやめました。されて嬉しいことをしても誰もわたしにはしてくれないから。誰も気に留めず、むしろ余計なおせっかいになってしまうばかりで、結局のところわたしは邪魔者だった。

 

まあ、何を言うかよりも、誰が言うかか重視される世の中で、わたしの意見は少数派だろうけど、ボランティアで何かを引き受けちゃいけないということは自分に強く言いたい。疲弊して、最終的には本当に助けたい誰かを助けられなくなるから。

自己責任とは言いたくないけど、おのおのがた、ぬかりなく。としか言えないですね。

 

今朝、夢にめちゃめちゃ好みの女の子が出てきて今日一日楽しかったです。

今日はこのへんでおしまい。おやすみ。

 

Ending Song

Blur 「Song 2」