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さよならオーバーグラウンド

愛なき道を行け。

Base Ball Bearの季節。

Base Ball Bear にはまったことがあるだろうか。わたしはある。ベボベの歌う歌詞についてちょっとメモをして寝たい。

 

ベボベの描く歌詞。具体的には小出さんの書く歌詞は、とても甘酸っぱいレモンの香りのする青春だ。それは、初期の「CRAZY FOR YOU の季節」からずっとそうだ。ベボベは昨年結成15年。メジャーデビュー10周年を迎えた。デビュー当初から彼らは、学生時代の青春についてばかり書いている。もちろん、そうじゃない曲もあるけれど、普通のバンドは成熟していくにつれて歌詞も具体的な物語から普遍的なメッセージに変わりがちだし、それは、成長であり、やはり青臭い曲からの変化である。例えば、BUMP OF CHICKEN。散文的な寓話集のような「THE LIVING DEAD」から、もっと抽象的で詩的な「Butterflies」へと変化していった。わたしは「GOOD LUCK」という曲が好きなのであるが、はっきり言って何を言っているのかわけがわからない。全然わからない。好きですが。それに比べたら「グロリアスレボリューション」なんて直接的である。サウンド面の変化には明るくないので触れないつもり。

 

話を戻そう。ベボベである。ベボベは10年たってもなお初々しいような青春を描いている。これはどういうことなのだろう。ベボベが変化していないわけではない。むしろどんどん、シンプルに削ぎ落とされ進化していっている。その集大成が「C2」であった。ベストアルバム二枚目も出た。初期メンバーのギタリストの思わぬ脱退というバンドの危機さえもチャンスにして様々なギタリストとのコラボレーションという形で素晴らしいライブを全国各地で繰り広げた。とんだ食わせものである。素晴らしい。ベボベは進化している。しかし、その歌詞は過去を懐古的に懐かしむように、青春について執拗に書いている。それは、タイアップとかバンドイメージとかもあるのかもしれないけれど、もっとしっかりした理由を、わたしは個人的には納得する形で見つけた気がする。それは、青春を書きながら、裏メッセージとして脈々とつながっているものである。むしろ、バンドがこうして長く続いているからこそ、その透徹としたメッセージの輪郭を見ることができる。それは「どんなに汚れても汚れない無垢」である。

 

(ここで「君はノンフィクション」が流れる。みなさまご清聴ください。ベボベ禁じ手のシンセを使った素晴らしい曲ですよ。)

 

わたしたちはいつまでもSCOOL OF LOCKを聞いているわけではない。聞いている人もいるかもしれないけれど、想定されているリスナーは10代、ティーンエイジャーで、その層が聞く音楽や商品がその時間は流れている。いつかは卒業してしまうその時間を、ベボベは歌い続けているのだ。社会人になり、学生時代を遠く懐かしむようになって、なお心になにか感じるものがあるとしたら、それはすべてベボベの曲にある。

 

ただ、ベボベだって成長している。ときには青春の視点は「そんなに好きじゃなかった」や「不思議な夜」に代表されるように、地に足ついたというか現実の彼らの20代後半から30代の人々が体験するようなことも短編小説のように綴られる。そんなとき、ベボベと学生時代の青春の距離はどんどん遠ざかって、彼らも大人になったのだなと感じる。(「29歳」というアルバムも出しているし)。ところが、10代真っ盛りみたいな歌詞を今でも書けるのがすごい。「short hair」や、「PERFECT BLUE」。「文化祭の夜」なんて、わたしが体験した文化祭のあとの後夜祭の雰囲気にそっくりだ。(とはいえ、「文化祭の夜みたいなあの気持ち”カミングバック”」と歌詞にはある)

 

「汚れてる」は言いすぎた。でも少なからず、わたしたちは学校の外へと、社会に出て、純な気持ちをちょっとはこっ恥ずかしく感じるようになっていないだろうか。それを代弁してくれるのが我らが代表ベボベである。今の10代はベボベなんて聞かないのかもしれない。ワンオクとかラッドを聞くのだろう。時代は移ろう。ガラケースマホになり、メールがLINEになったように。それでも変わらない気持ちがあるとしたらそれはベボベが歌ってくれている。

最後に、ほんのちょっとだけ、サウンドについて触れたい。彼らは流行なんて関係ないかのように、シンプルなギターロックを演奏し続けてきている。例えば流行に敏感で時代とともに変化して爆発的にヒットしたのはB'zである。シンセからハードロック、ピアノのみのバラードまで。ところがベボベはどうだ。何でもいいからアルバムを聞いてみてほしい。どれも徹底的にギターロック。ギターロックという制約の中でも虹色のバリエーションを描いている。本当に素晴らしい。天才的なサウンドだと思う。でもだからこそ、歌詞が生きる。誰が聞いても「ああ、このリズム、この音、この歌詞はベボベだな。」と誰が聞いても思う。(雰囲気はGREEN DAYにちょっと似ている)。ベボベのサウンドと歌詞は普遍性を獲得しつつある。もし100年後に2000年代、過渡期の日本の学生文化とJPOPについて論じる研究者や院生がいたら、論文に引用されるのはまず間違いなくベボベだろう。なぜならベボベはまっすぐに当時の雰囲気をさまざまな角度から切り取って緻密な歌詞と研ぎ澄まされたサウンドによって学生の無垢という概念を歌にしているから。言い換えれば、誰もが感じる「あ~あの頃ってあんなだったよね~」という当時の無垢さを真空パック、チルド冷蔵のようにそのまま産地直送で歌にしているのだ。

 

例えるならベボベはタイムトラベラーだ。彼らの演奏は、老若男女全員を(その瞬間だけでも)ティーンエイジャーにしてくれる。

 

誰もが通るベボベの季節について書きすぎてしまった。今日はこのへんでおしまい。おやすみ。

 

Ending Song

Base Ball Bear 「senkou_hanabi