さよならオーバーグラウンド

愛なき道を行け。

会話のスケールについて

友人がおらず、普段の日常生活で関わる人が極端に少ないために、ときどき会話がうまく通じないというか、すれちがってしまって困ることがある。まあ、経験がないからというよりも、前々からそうなので、もう治らないものなのかもしれない。

例えば、家族との会話でこんなやり取りをしたことがある。海外には生卵の宿題というものがあり、それがどういうものかというと、生卵と一日生活をともにするといいうものだ。生卵を一日気にしながら生活するというのはなかなか骨の折れるもので、要するに、いつ割れてしまうとも知れぬ生卵を慎重に扱うことで赤ん坊を子育てする親の気苦労を子どもたちにもわかりやすい形で疑似体験させるというものなのだ。そんな話を親にして、たしかに生卵を一日持ち歩いたり割れないように気にしながら生活するのは難しいよねということを言ったら、親は「そんなの案外簡単だよ」と言ったのであった。わたしは、虚をつかれたというか、反論してきたんだと受け取って(そんなに簡単だと言うなら)「じゃあ、やって見せてね」と言った。「明日は職場に生卵を持っていって一日生活してよ」と。そしたら、「そんなことができるわけがないでしょ!」と怒られた。そこで、わたしは頭を抱えてしまった。数秒前に「簡単にできる」と言ったのに、同じ口で「できるわけがない」と言う。まったくわけがわからない。結局そんなくだらないことを火種におおきな喧嘩をしてしまった。和解したけれど、そのときはなぜそんなにわたしの言うことすべてに反論したがるのかわからなかった。

 

もっと一般的にも似たような経験がある。就職面接の際に「志望動機はなんですか?」という質問に出くわした経験を誰しもがされた、もしくはした経験があるのではないだろうか。でもわたしはこの質問をされるたびに毎回もやっとした気持ちを覚えるのだった。だって、志望したとはいえ、こちらが「ここで働かせてください!」と無理を言って面接をしてもらったというシチュエーションならまだしも、往々にして求人募集したのはそっちではないですか?と聞かれるたびに思ってしまう。働くことが生活のため、食い扶持のためであるのが当然で、趣味で働くひとなんてごく少数だと思うのだけど。まあ、大抵の場合、人はそのときどきに応じて嘘をついて「学生の頃から金融関係に興味があり勉強してきました」みたいにさもそれらしいことを言うのだけど。

これが性的サービスの仕事の面接だったらどうだろう。そういう場面で、「はい。もともと性的なことに興味があり、中でもSMプレイに重きをおいている御社で働きたく志望しました」なんて本気で言う人がいるなんていう場面を想像できるだろうか。普通「ああ、そんな仕事に手を出すなんてよほどお金に困っているんだな」とか思うのが普通ではないですか。そもそもそんなお店でそういった質問をするのか知らないけれど。

でも普通に学生が就活すると、「弊社を志望した動機はなんですか」という質問がまかり通っている。わたしだってそう訊かれれば適当に嘘をついたわけだけれど、内心首を傾げていた。だって、生活するためには働かなくちゃいけないわけで、動機も何もないと思うのだけれど。

 

二つの例を挙げたけれど、通底するのは、わたしが考えている会話のスケールと、相手の想定している会話のスケールが全く違うということですね。わたしは普通に会話しているつもりだけれど、どうやらわたしの普通は普通ではないらしい。挙げた二つの事例からわかるのは、普通の人はそのときどきに応じて会話のスケールを大きくしたり小さくしたり、瞬時に察知して使い分けているということだ。

高校時代、わたしは運動部の部長をしていたのだけれど、「あ~部活だるいな~」と言っている部員がいたら練習を強制せず「じゃあ、今日はもう帰りなよ」と勧めていた。まあ、逆に反感を買っていたけれど。たぶん、そういうことじゃないんですよね。あるいは、仲のいい友人に対して、ふざけて「死ねよ」とか言う場面、飲み会とかおしゃべりしていたらノリで言われることがありますよね。でも言った相手は別に本当に死んで欲しいと思っているわけではなくて、単に軽い罵倒というか「ふざけんなよ」くらいの軽い意味で使っているということが往々にしてある。

 

いずれにせよ、そういうスケールを気にしながら会話しなくちゃいけないなと最近は思っている。生卵の宿題の場合の、「案外簡単にできるよ」は、いわば、てきとうな脊髄反射みたいな会話の呼応であり、「志望動機はなんですか?」も、いわば慣例で聞かれているのかもしれないし、面接官が相手を知る手がかりの一つとしてなんでもいいからとにかく聞いているだけなのかもしれない。

会話というものがいささかややこしすぎるせいで、わたしは人間関係とかをかなり苦労してきたのですが、今になってようやく、今までのコミュニケーションの齟齬のあれこれが説明できるようなきがする。レイヤーといってもいいけれど、相手がどのくらいのスケールで会話しているのか、ちょっと耳を澄まして気にかける必要があるなと思いました。

 

Ending Song

GLIM SPANKY「闇に目を凝らせば」